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びゆてぃふる・らいふ

びゆてぃふる・らいふ

1.登校拒否しそこねた私



1.登校拒否しそこねた私


十五十六十七と私の人生暗かった・・という歌が昔あったけど、
私は小学生高学年の頃が一番暗かったという記憶があります。
当時の私は学校へ行くのがいやでいやでしかたがなかった。
今の時代ならば登校拒否したらそれですむのだのだろうけれど、(もちろん
色々と干渉はされると思うけど)当時はそんな言葉すら知らず、「学校へ行か
ない」=「言語道断」「空前絶後」「問答無用」の世の中でした。
幼い私には、渋々ながらも毎日せっせと登校すること以外にどんな道がある
のか、想像することもできませんでした。
なぜあれほどまでに学校がイヤだったのか・・
今となってははっきりとした原因がよくわからないのですが、いくつかの要因
が重なり合った結果だったのでしょう。そのひとつに私はとても小食(今では
信じられない!)で、給食を残さず食べろという指導が苦痛でならなかったと
いうことがあります。好き嫌いを直せというのならともかく、小学校高学年と
言えば体格にもずいぶん個人差があります。私はガリガリのチビで(これも今
では信じられない・・)、家でもずいぶんやかましく言われながらもほんの少
しの量でおなかいっぱいになって、それ以上無理に食べるともどしてしまうの
です。
そんな私がもう大人並の体格で血色のいい男の子とまったく同じ量を食べろ、
と言われることは拷問以外のなにものでもなかった。
全部食べてしまうまではと、机ごと廊下に出されて昼休みは何もできずに目の
前の給食と向かい合って目に涙をため続ける毎日。
そんなことしたって結局食べられないんです。昼休みが終わったらやっと開放
されて、そのまま午後の授業に・・
こんな不毛の時間を過ごし続けて、自分ながらよく耐えたものだと自分をほめ
てやりたくなります。
さて中学生になったら 突然私は食欲あふれる元気な子供に変身を遂げました。
中学校でも給食のある地域でした。量がふえたにもかかわらず、俄然私はぱく
ぱく食べ始め、ときには隣の子の分までたいらげたり・・(このときの食欲旺
盛ぶりが今の私の体型をつくったのかしらん?)
このことを考えてみても、一体小学校でのあの指導はなんだったのかと。
潰され続けた私の昼休みの時間を返してくれ、と叫びたい。

時が流れ、私も小学校に入学する子どもを持つようになった頃。
我が長男も食の細い、ガリガリの小さな子ども。きっと給食では苦労するに
違いない。今の給食はどんな指導をしているのだろうかと気が気ではない。
そこで、入学前の面談で「給食の無理強いだけは絶対にやめてください!」
と異様なしつこさで面談相手の先生にせまりました。
「はいはい、わかりました」と半ば聞き流された感じがしたので、不安は
去らず、入学して給食がはじまるまで頭の中はそのことでいっぱいでした。
ところが、いざ蓋をあけてみると・・
「お母さん、給食っておいしいわ~」
「え、今日もぜんぶ食べたの?」
「あったりまえやんか、足らんくらいや。 お母さんの料理よりも美味しいわ」
「・・・」
すべて私の取り越し苦労でした・・

給食のことだけではなくて、人前で話すのが苦手で極端な引っ込み思案だ
った私は当然友達も少なく、一人で図書室にいりびたりの実に可愛くない
子どもでした。今でもはっきり思い出すのですが 6年生のクラスの中で
は私は「問題児」。ある日、放課後の「学級児童役員会」でつるしあげに
あいました。何が問題なのかと言うと「グループで何か決めなければなら
ないときに意見を全然言わない」ことが問題なのだそうです。
「○○さん、どうですか」と当時の学級委員長。
どうって言われても・・
こんなところで言い訳したり自分の心境を説明したりできるくらいなら
とっくにグループの中で意見くらい出してるわよ、とおなかの中では言え
るものの相変わらず何にも言えないままにまたしても不毛な時間が過ぎて
ゆくばかり・・
当時の担任は、クラス全員からの嫌われ者(だったと思う。だってクラス
会に誰も招待しようなんて言わないもの)。皮肉っぽい苦笑を浮かべるば
かりで何も言いません。
結局このつるしあげはどうやって決着がついたのかな?
たしかひとりのおとなびた女の子が、「○○さんみたいなおとなしい人で
も話しやすい雰囲気をまわりがつくってあげましょう」という意味のこと
を発言して、それで終わったのだったっけ。
無罪放免?された帰り道、自分がなさけなくてポロポロと涙を流しながら
歩きました。たしかにしゃべらない私はつきあいにくいヤツだろうけど、
それがそんなに悪いことなのかな・・
涙の跡をほっぺたにたくさんつけて家に帰ったけど、私はしょっちゅう
本を読みながら泣いて帰ってきていたので誰も気にしませんでした。

こちらもまた中学校入学と同時に新しい友達がたくさんできて、私は
よくしゃべりよく笑う陽気な少女にまたしても変身を遂げたのです。
担任の先生もとても生徒思いの人のよい熱心な先生で大好きだったし、
クラスも真面目で明るいいいメンバーに恵まれたおかげだったと思い
ます。

あの暗い時代。もう思い出したくないのに、なぜか時々脈絡もなくあの
頃の風景が目の前に浮かんでくるのです。

2004・5・31





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